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2020/01/05

2020年明けました

2020年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

昨年は僕自身色々なことが身の回りに起きて、なんだか心がざわつくとこが多かったような気がします。

■舞台の客演を控えることについて

昨年、SNSなどでポロっと書きましたが、2020年からしばらく舞台の客演を控えます。

もちろん理由があって、単純に、今の俳優活動を続けていても「未来がない」と感じたからです。

それは僕自身の未来のことでもありますし、僕が活動の拠点を置く「地方演劇の未来」でもあると思ったからです。

数年前からずっと考えていたのですが、やはり演劇というのはあまりにも「経済的な生産性」が少ない事が問題です。(芸術的生産性はとてもあります。)

通常、数ヶ月の稽古を経て、週末数日間の公演。

小劇場のチケット価格と動員数では、役者に回ってくるギャランティなんて微々たるものです。

でもそれは役者以外の誰かが沢山もらってるとかそんな事ではなく、みんな少ない予算でなんとか公演を回しているのです。

当たり前ですが、とにかく「お金」の問題が付き纏います。

そして、当たり前ですが、その少ない予算、その活動だけではそれ単体としては職業として成立しないのです。

要は「食っていけない仕組み」になっているんです。

これはもう「仕組み」の問題です。

僕はこの仕組みの問題をどうにかして解きたい。

だからしばらく俳優としての活動を抑えて、制作サイド、新しい仕組み作りに自分の時間と今まで培ったノウハウを使いたいと思っています。

役者活動を控える件はこんな感じです。

詳しい動きはまた追ってご報告します。


■今年の動き・抱負・思いついた事だーっと


・FCPのセカンドシーズンをやる。できればサードも。

・新作を書く。

・未発表の作品を上演する。

・【DAIKU GASSHOW】の再演&新企画を作る。

・三撥のライブをやる。

・鼓夢の新曲を仕上げる。

・演劇の食うための仕組みを作り続ける。

・ナレーションの本数を増やす。

・引っ越す。

・カブを三輪に改造する。

・車かったのでトラックをうる。

・バンさんのベンチ作る。

・じーちゃんと鉄骨で古屋作る。

・自動粉かけ測り機を作る。

・痩せる。

・お酒控える。

・飲みに行きましょうと言って、飲む飲む詐欺してる人たちと飲みにいく。

・絵を描く。

・歌作る。

・プレイしていないゲームする。

・沢山本を読む。

・映画観る。

・音楽聴く。

・舞台観に行く。

・死なない。

・優しく大らかに情熱的に生きる。



まだまだ出てきそうだけど、最後の二個があればいいや。

今年もよろしくお願いします。


2020/01/05
鶴賀皇史朗




2019/09/19

出会うこと別れること母と子と


うちの家族は三人家族。

とても足並みが揃っているとは言いがたい家族です。

その家族の中に「さくら」という16歳のラブラドールの女の子がいました。

さくらが先日亡くなりました。

父、母、僕の三人で、じーちゃんちの畑の片隅に埋葬しました。

母が覚えたてのラインを送ってきました。

そのやりとりです。

プライベートなやりとりなので、公開するのをちょっと悩みましたが、

もし、誰かの、悲しみや苦しみを背負う誰かの心を、少しでも和らげることが出来るならと想い、掲載します。


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おとといはありがとうね。

お母さんとお父さんだけじゃ、さくらをあんなにちゃんと埋葬できなかったと思います。

本当に助かりました。

近くに埋めてあげられてよかったです。

さくらの最期を想うと胸がしめつけられてしまうので、出来るだけ考えないようにしています。

そして、今日はばあちゃんが事故った日、、、思い出すと本当に悲しくなって、朝から涙ばかりです。

ほんのさっきまで、生きて呼吸していたのに、、、

命ってなんだろうね。

時間が巻き戻ればいいのにね。

7年前の今、ばあちゃんは元気に生きていたのに、月曜日の朝、さくらは尻尾を振っていたのに、、、

思っても仕方ない事なんだけど、思ってしまいます。

今日は収録でしたか?

身体に気をつけて頑張ってください。

母より🌸


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ずっと考えてます。
生きること
命のこと
別れのこと
ずっと考えてます。


でね、最近想うことがあるのね

僕らはみんないつかは、必ずさようならをするんだ

じゃあなんで、出会ったり生まれたりするのかと

こんなに辛い別れがあるのに、どうして出会うのかと


お母さん


簡単なことだよ

辛いって、寂しいって事は

ちゃんと出会って

ちゃんと過ごせた証なんだ

どうでもいい人がいなくなっても、そんなに悲しくないでしょ?

ばあちゃんがいなくなって

さくらがいなくなって

こんなにも寂しい

それは

ちゃんと過ごせたんだよ

ちゃんと想えたんだ


全ての命が生まれて

必ず消えていく

これはね、命の、世界の約束なんだ

この約束の中で僕らね

探すの

寄り添いあった、触れ合った、慰めあった

そんな時間を


いま、寂しいね

悲しいね


でもね、こんなに大きな世界の中で、失って、寂しいと、悲しいと想えたんだから、


意味は(意味を求めるのはちょっと違うのかもしれないけど)

意味はあったんだよ。


さくらにあえてよかったね

ばあちゃんのこどもでよかったね

俺はお母さんのこどもでよかったよ


日々は続きます

これからいくつも悲しい寂しいさようならがあるでしょう


いいじゃないか


出会っていこう(別れがあると解ってても)

別れていこう(出会えた喜びを感じながら)


限りある時間の中で

出来る限りちゃんと過ごしていこう


「寂しさは優しさに変わります」


これ、7年前ばあちゃんが死んだ時に俺が書いた【apartment】の台詞だよ


いまね、もうひとつ言葉を付け足すよ


「悲しみを慈しみ変えていこう」


また

ごはんでも食べにこう。


身体に気をつけて。


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あのね。

13日にもらったライン繰り返し読んでいます。

「おうた子に教えられる」ってこんな事かな、、、って思います。

ありがとうね。

それから、大丈夫よ

さくらがいなくなって寂しいし、最期の事を想うと切なくなるけど時がたてば、少しずつ心が楽になります。

ばあちゃんの時の衝撃と悲しさと大変さを振り返ると、さくらがいなくなった悲しさも時が解決してくれると思っています。


それからね!


昨日、さくらのお墓のそばに白の彼岸花が咲いていました!

ばあちゃんが植えていたんやろうか、、、

何年も畑みてきたけど、全く気付かんかった、、、


日曜日は雨☔️みたいなので、観に行きます☺️

ここのところ日曜日もずっと仕事だったので、楽しみです‼️





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白の彼岸花の花言葉

「思うはあなた一人」
「また会う日を楽しみに」

だってさ。


元気に、精一杯生きていきましょう。




2019/09/10

過ごした日々


今日、実家で飼っていた愛犬サクラが虹の橋を渡った。


『サクラがしんだぁ。しもうたぁ。』


電話越しの母の声が弱っていた。



ラブラドールの女の子。

16歳。



父が随分可愛がってた。

僕なんかよりずっと一緒だった。

気が落ちないか心配だ。

母が別れ際に居られなかった事を悔やんでた。

仕方ない事なんだよ。

動かないサクラを前に父も母も泣いていた。

僕は、泣かなかった。



ひとりっ子の僕には妹のような存在。

本当に、本当に優しい子だった。

目の前に虫がちょこちょこきても、じっと見つめて足元まで来ると、自分が避けてやるような子。

なぁちゃんにも会わせたかったなぁ。

ふたりとも優しい子だったから、仲良くなってただろな。

カミナリが苦手で、音が鳴らなくなってもしばらく部屋の隅で落ち込んでたなぁ。

あー、サクラとの事を書こうとすると、こんな事もあった、あんな事もあったと書ききれないくらい思い出が溢れてきた。

こんなにも『過ごした』んだね。

なんて、なんて宝だろう。

宝だね。

ありがとうね。

生まれてくれて。

過ごしてくれて。




あーダメだ。

遅れてやってくる。

気持ちを落ち着かせようと書いてるけど、やっぱりダメだ。

寂しいな。

寂しいよ。

わかってるよ、わかってるさ。

でも寂しいもんは寂しいし、悲しいもんは悲しいよ。



いかんでよぉ



明日、

にいちゃんがおくってやるからな。

ちょっと待っててな。



まっててね







2019/06/18

さようならの距離


今朝、うちの同居猫、なぁちゃんが虹の橋を渡った

同居というのは、もともと野良でお家の中にずっと居られないからだ

おそらく地域猫みたいなもので、ご近所さんにも可愛がられていたんだろう

基本的には我が家をベースに気ままにあっちこち

でもほぼ毎日うちに帰ってきてた

僕がひとりで暮らし始めて、初めての同居猫

猫のことなんか全くわからないのでグーグル先生に何度も相談した



短い毛足のグレーのなぁちゃん

長い尻尾は折れてるらしくぶらんとしてるなぁちゃん

美人だけどドスの効いた鳴声のなぁちゃん

人懐っこくて大人しくて

とっても優しいなぁちゃん



台風の夜

僕のお家の玄関口で雨宿り

何の気なしにドアを開けた時

目があった



これからはもう



服につく毛に気を使うことも無いし

洗濯物の順番に気を使うことも無いし

キャットフードのローテーションに悩むことも無いし

朝方ごはんをくれと強めにアゴを噛まれることも無いし

毎日欠かさずやらされた毛づくろいをすることも無いし

絶対嫌われると思いながらシャンプーすることも無いし

お気に入りの押入れのドアを開けさせられることも無いし

帰ってくると可愛くない声でなかれることも無いし



もう、何にもしなくていい

それがこんなにもさみしい

もう、何にもしてやれない






いずれ別れが来るのなら

なんで出会うのだろう






たぶん

たぶんね

なぁちゃん



今日のために僕らは出会ったんだ




嵐の中で

目があった

見つめ合いながら

さようなら



僕らの

さようならは

出会った時より

近かった



たぶんこれが

僕らが出会った

僕らの意味




寂しいけれど

さようなら






出逢ってくれて

ありがとう










2019/05/31

フィルムチェインプロジェクト■僕の望むこと■


■僕の望むこと■



フィルムチェインプロジェクトのクラウドファンディングが始まりました。



少しずつ支援も集まってきました。



本当に感謝の気持ちでいっぱいです。



そんな中、もっとフィルムチェインプロジェクトというこの活動の意義というか、、、僕個人的な考えというか、そういうものを発信したいなと思い書いてます。



フィルムチェインプロジェクトを立ち上げた時。

0stのchainchainを撮った時。

1stの撮影をした時。

クラウドファンディングを始めた時。



どこか【一発当てなきゃ】【なんとか盛り上げなきゃ】的な雰囲気が流れているのを感じていました。(僕自身も声を上げた手前、何とかしなきゃと焦ってた部分もあったとおもいます。)



もちろん【カメラを止めるな】みたいにドーンと人気が出ることに越したことはないし、人がたくさん集まって賑やかになることに越したことはないです。



でもですね、僕はそれは、今の僕らにはあまり意味がないんじゃないかと考えてます。



きっとそれは打ち上げ花火です。

長続きしないと思います。



僕がフィルムチェインプロジェクトに望むのは、農業のような継続的な活動です。



売れることより、目立つことより、なにより、作り続けるタフネス、もっとみんながカメラの前で演じれるような土壌。



そんな、地味だけど、もっと揺るぎないものを作りたいのです。



そして、その強い土壌の上に花が咲けばいい。



だから今は打ち上げ花火はいらないと思ってます。



今派手に事が動いても、きっと誰一人まともに動けないでしょう。



オタオタするだけです。

(もちろんそういう機会があれば、その時は嬉しい悲鳴をあげながら頑張るのでしょうが)



どうやって作るのか。

どうすれば良くなるのか。

どうやって届けるのか。

どうやって広めていくのか。

どうすれば続けていけるのか。

どうすれば受け入れられるのか。



そんな事を日々考えながら、失敗しながら、みんなで共有して、少しずつ成功体験をして、そしてまた失敗して、、、



きっとその繰り返しの中でこそ、揺るぎない力が培われるのだと思います。



それが新たなフィールドを作る事だと、僕は思ってます。



今は小さくていい。

人が少なくてもいい。

まずは知ること。

まずはやること。

僕らが憧れるものの正体をしっかり視ていくこと。

しっかり失敗して傷つくこと。



そしてなにより、その中で笑っていられれば、最高ですね。



僕は、そうしていきたいです。



僕らの活動は今は地味です。

でも、すぐ消えるような盛り上がりはいりません。

(いや、盛り上がる事は嬉しいのですよ!僕だって今すぐ売れたい!爆発したい!)



5年後、10年後、小さかったり大きかったり、地味だったり派手だったり、色んな花が咲けばいいです。



それが僕の望みです。



だから、、、やっぱりしっかり全力で「今」を盛り上げて、成功も失敗も次の糧にしたいので、ぜひご支援お願いします(どっちやねんw)


福岡発映画プロジェクトFCPの上映会をしたい!
https://camp-fire.jp/projects/view/157467